patagoniaの事業承継 3【実務家の想像力】

前回に引き続き、「patagonia社(以下、パタゴニア社)」の事業承継についてコラムを書きます。

欧米では、上場会社でも同族会社(ファミリービジネス)であることは珍しくありません。日本では、同族企業を公開企業(非同族企業)の前段階に位置付けられています。
しかし、他の先進国においては同族企業であることに誇りを持ち、社会的にも、好意的に見られています。

この結果、他の先進国では、同族企業に対する学術的な研究が盛んです。
一方で、世界で最も長寿企業が多い日本は、同族会社の研究については遅れています。

 

ちょっと特殊な信託?

上場会社、非上場会社を問わず、同族会社(ファミリービジネス)の事業承継のために信託が使われることは珍しくありません。
パタゴニア社の事業承継では、創業者であるイヴォン・シュイナード氏の思いを実現する仕組みとして「信託」が使われています。

「信託」とは、自分の大切な財産を、自分の信頼できる人に託し、自分が決めた目的に沿って、自分や自分の愛する人、大切な人のために(受益者)、運用・管理してもらう制度です。

この流れでいえば、イヴォン・シュイナード氏が、「Patagonia Purpose Trust」にパタゴニア社の議決権株式と無議決権株式の一部を託し、パタゴニア社の価値観を維持するために、運用・管理することになります。

ここで一つ大事な点があります。
誰のために(受益者)の部分が定められていない、ということです。
「Purpose Trust」を直訳すると、「目的信託」になります。
目的信託とは、受益者が定められていない信託のことです。
イヴォン・シュイナード氏の「株式公開に進む(Going public)のではなく、目的に進む(Going purpose)」という言葉からも、目的信託と想像させられます。

同社のホームページでは、以下のように説明しています。
【Patagonia Purpose Trustは、パタゴニアのバリューとミッションを守ることだけを目的として設立されました。…パタゴニアのミッションは「故郷である地球を救うためにビジネスを営む」ことであり、Patagonia Purpose Trustは、このミッションに対する会社のコミットメントを永遠に確保するものです。】

 

日本の状況

日本でも目的信託の活用事例はあります。
信託銀行などで扱う公益信託です。
自分の財産を公益活動や社会貢献に使いたい場合に、信託銀行等が信託目的に従って、事務運営をする仕組みです。
日本では2022年3月末現在で393件ありますが、件数自体は減少傾向です。
(儲かるものでなく、信託銀行の善意ですね)

信託目的で最も多いのは、奨学金支給の126件です(2022年3月末時点)。
例えば、オーナー経営者が、自分の財産の一部を、大阪府内に住む交通遺児のために、奨学金を支給するために使いたい、と考えたとします。
オーナー社長は、一定の金銭を信託銀行に将来の奨学金として信託します。
信託した後は、毎年数名の交通遺児に奨学金を給付していくため、最初の信託設定の時点では、将来の奨学金の受給者(受益者)は決まっていません。
これが、受益者の定めがない信託です。
我が国でも、信託法の改正により、公益信託以外にも目的信託は活用可能となりました。

 

優れた選択肢がなかったので、自分達で作った

米国での目的信託の活用は、ペットの飼育を目的としたペット信託や邸宅の管理などで活用されるのが一般的です。
パタゴニア社の価値観を維持しつつ、環境危機と闘う資金を準備するために、事業承継に目的信託を使うという手段を作り出した、と説明しています。
信託先進国のアメリカでは、新たな信託が生まれているのですね。

 

本稿の結論

パタゴニア社の創業者の思いを実現するために、新たな「信託」の使い方が必要だったのです。
オーナー経営者の事業承継ともなれば、家族が絡み経営が絡み、利害関係社が多岐に渡るため、実務家の想像力が試されます。
ただ、アメリカと日本では法制度が異なり、同じ仕組みを日本で作ることはできません。
しかし、信託法の泰斗は著書の中で次のように書き記しています。

「信託はその目的が不法や不能でないかぎり、どのような目的のためにも設定されることが可能である。したがって、信託の事例は無数にありうるわけで、それを制限するものがあるとすれば、それは、法律家や実務家の想像力の欠如にほかならない。」(四宮和夫「信託法(有斐閣)」平成元年新版p.15)

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