「税金対策も良い塩梅にやらないとね〜」と、旧知のA社長。
現役時代は、スポーツスクール事業などを運営する会社を経営していました。
御子息はサラリーマンをしていますので、A社長は事業を手仕舞いして、今では不動産賃貸業をしています。
A社長は、もともと実業家ですから、金融や税務に関する情報収集は欠かしません。
お仕事柄、不動産に関する税務については関心をお持ちのA社長。
相続税対策として収益不動産を購入するという方法について話していたところ、冒頭の会話となりました。
一物多価と言われる不動産の評価を利用した相続税の節税方法です。
この方法を活用して相続税の申告をしていた納税者が、税務署の調査で指摘を受け、争っていたのです。
結果は、最高裁判所の判決で、納税者が負けてしまいました。
新聞でも、「路線価認めず課税は適法」のような見出しで報道されましたし、TVや雑誌でも取り上げられていました。
簡単に、概要を説明します。
裁判となったのは、高齢の父親(90歳)の相続対策として、金融機関から借入れをして不動産(収益物件)を取得した、というケースでした。
借入人は高齢の父親。借入金額は収益物件が2物件で約10億円です。
父親が逝去したため、相続人は不動産を国税庁の定めた通達による方法で評価額(以下、「路線価評価額」)を計算しました。
不動産など相続財産を合計して、相続税を計算したしたところ、相続税額は0円となりました。
この場合、相続税の申告はするけれども納税はない、ということになります。
ところが、税務署は、不動産の評価額を「路線価評価額」ではなく、時価による評価額(以下、「鑑定評価額」とします)で計算をして、相続税を払うように求めてきたのです。
ちなみに、2つの収益物件の「鑑定評価額」は、「路線価評価額」の約4倍です。
相続人は、国税庁が通達している方法で評価したのですが、税務署が駄目だというのです。
これには相続人も納得がいかなかったのか、裁判となりました。
被相続人がご逝去されたのが平成24年、税務調査開始が平成26年、最高裁の判決が令和4年ですから、亡くなられてから約10年かかっています。
結果は税務署の勝利でした。
普通に考えますと、「路線価評価額」が「鑑定評価額」の約1/4と安すぎるのが問題だ、と思ってしまいます。
違うのです。判決のポイントは、そこではないのです。
最高裁判所の判断は、相続税の節税を意図して、借入れにより不動産を購入するのは、納税者にとって不平等になることがあるから駄目です、と言っているのです。
分かりにくいので、補足します。
つまり、納税者に対して画一的に「路線価評価額」を適用すると、借入れをした人は税金がかからなくて、借入れをしなかった人や、借入れをできなかった人には税金かかる、という不平等が生じることになります。
被相続人および相続人らが、
① 相続税の負担を減らす又は免れることを知っており、かつ期待していた
② 借入れにより不動産を購入することを企画して実行した
③ 相続税の負担を軽減することを意図していた
ので、実質的に税金の負担が公平にならない事情があるから、という流れです。
ここで、疑問が生じます。
なぜ最高裁判所は、「借入人が節税の目的で借入れをしたと分かったのか?」という点です。
借入れをした被相続人は、既に故人ですから、直接聞くことが出来ません。
では、どうしたのか?
実は、揺るぎない証拠があったのです。
それは、何か?
融資をした金融機関の稟議書です。
え~、というような話ですが、本当です。
このケースでは、金融機関の稟議書に、何の目的のための借入れと書かれていたのか、がポイントだったのです。
借入れをして収益不動産を取得したものが全て駄目ということではないでしょう。
しかし、最高裁の判断が下されたという事実は重いです。
個別に検討されることになるのでしょうが、気になる場合は、事前に専門家に相談しておくべきです。
昨今の信託の活用事例でも、高齢の親の財産を、子供が受託者として管理して、この相続税対策のために活用する場合が見受けられます。
高齢の親の代わりに収益物件を管理することは公明正大、何の問題もありません。
しかし、更なる思惑を持ってやりすぎると…。
A社長との話にもどります。
「そろそろ、子供たちに引き継ぐ準備するかな。不動産賃貸業のことは、何も分からないだろうし。」とA社長。
「税金対策も大事だけど、そもそも相談する人を選ばないとね。金融機関や不動産業者さんとの付き合い方も伝えておかないと。」というA社長の言葉が印象的でした。
相続税対策を金融機関任せにしますと、ちょっと危険です。
税務対策を考えるときは、オーナー社長特有の課題にも注意しながら、個別に対応策を考えることが大切なのです。
当然、専門家との相談は欠かせません。
「税金対策に力を入れすぎず、良い塩梅で」という話でした。